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花鳥風月

kunio maekawa
バイト先で知り合ったS君はバイオリニスト。バイオリニストにもプロになるための下積み時代があって、肉体労働までするんだなとちょっと驚きました。
彼はヨーロッパをバイオリン一本で旅をして日本に帰ったばかりで、三鷹駅から遠く離れた一軒家の庭に建てられた離れに一人で住んでいて、腰までの長髪に作業着そのままで電車に乗り現場に来て、汚れた作業着のまま電車で毎日帰っていきました。朗らかな人物でしたが、ちょっと変わり者でした。

「チェコの師匠のところで修行してきますね。今世紀中に帰れたらいいんですけどねぇ」
三ヶ月もすると突然そう言い残して旅立ってしまいました。1994年のことです。

一度だけ手紙をもらいましたが、返信すると住所不明で返ってきて、それ以来連絡がとれません。

もう2006年。最近になってやっと彼の名前が検索にかかるようになりました。
まだあちらにいるようです。
私はこの10年で2回住所を変えていますが、彼が帰ってきたらきっとリサイタルの知らせが届くと楽しみに今でも待っています。